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薬物乱用の防止

薬物乱用者等の手記

●覚醒剤の「運び屋」(20歳代、男性)

  私は覚醒剤を密輸したために、現在、刑務所の中で過ごしています。
  私が薬物の密輸に手を染めてしまったきっかけは、インターネットの求人サイトです。
  当時、私は家庭の事情もあり、それまでの仕事を辞めて実家近くのアパートに引っ越し、再就職先を探していました。そんな時、ふと目に入ったのが、「パスポート持っている人募集。日払い。高収入。興味ある人は連絡を」という文字でした。
 アパート代の他にもお金が必要だった私は、「高収入」という言葉に誘われ、安易な気持ちで電話を掛けてみると「中国に出す店の現地視察に行って欲しい。ついでに中国にいる友人から預かって来て貰いたい物がある。航空チケットや宿泊先はこちらで用意する。」という話でした。
 私は、「現地視察だけでという、旅行気分で行けるような簡単な仕事でお金が貰える。次の仕事に就くまでの間のつなぎとしてやってみるか。」という軽い気持ちでその仕事を引き受けました。
 仕事の依頼主にも会いましたが、話も上手く、服装も洗練された感じで好印象を受け、私は、その人が何かの会社を経営しているような人と勝手に思い込んでいました。
 そして私は、その人に紹介された男と一緒に中国に行き、現地視察とは名ばかりで、まるで観光旅行に行ったように過ごし、滞在先で「お土産品」として渡された荷物を日本に持ち帰りました。
 その後、私の口座には仕事の報酬として30万円が振り込まれました。
 観光旅行のようなことをして荷物を持ち帰っただけなのに、その報酬があまりにも高額であったことから、私は自分が持ち帰った荷物の中身が分からなかったものの、「密輸に手を貸した」と直感しました。
 その後、また中国へ行って欲しいという依頼がありました。私としては密輸のようなヤバイ仕事はしたくないと思ったものの、依頼主には既にパスポートや免許証の写しを渡しており、断れば自分や家族にも危害が及ぶかもしれないとも考え、いけないことだとは分かっていながら、その依頼を引き受けました。
 私は、前回と同じように中国の滞在先で「お土産品」を手渡され、日本へ持ち帰ったものの、税関の検査で「お土産品」の中から覚醒剤が見つかり、私は密輸をしたことで逮捕されました。
 逮捕された時、私は頭が真っ白になりましたし、夢であって欲しいとも思いました。
 覚醒剤等の薬物が使った人に幻覚や妄想、精神障害等を引き起こすことは知っていました。
 しかし、私が密輸した覚醒剤は1キロ以上もあり、それが数万回分の使用量になることは逮捕された後に聞きました。
 私が安易な気持ちで運んだ覚醒剤が世の中に広くばらまかれ、薬物の被害者を増やす結果となったことの重大性を強く感じています。
 また、裁判所の傍聴席で泣いていた母の顔や、私の証人として出てくれたその母が質問攻めに遭っている姿を忘れることが出来ません。
 私は、懲役9年、罰金400万円の判決を受けましたが、わずか数十万円の報酬のためにやった密輸で、このように重い刑罰を受ける結果になるとは思っていませんでした。
 「旅行気分で出来る、高収入で簡単な仕事」、そんなうまい話があるわけないことは分かるはずでした。
 悪いことと知りながら安易に密輸をしてしまった自分のことを今でも悔やんでいます。

●大麻乱用者(26歳、男性、運送業)

 私が大麻を吸うようになったのは、クラブでDJをやっていた時に、友達から勧められたのがきっかけです。
 外国の音楽が好きで、映画で観る外国人歌手のように大麻を吸ってみたいという興味もあって、最初は軽い気持ちで吸ってみたのです。
 煙草とは違う大麻独特の何とも言えない香り、吸った後の身体が軽くなるような気持ち良さ、普段聞いていた音楽がいつも以上に良く聞こえ、大麻を吸わなければ落ち着かないようになり、気づいた時にはすっかり大麻の虜になっていました。
 次第に、もっと効き目が強い大麻を吸ってみたいと思うようになり、大麻の種を購入して自分で栽培し、収穫した大麻を吸ったり、友達に売っては生活費や遊び金を稼ぐようになっていきました。
 そして、とうとう私がやっていたことが警察にバレてしまい、逮捕されることになったのです。
 逮捕されたことで、大麻を吸ったり、売っていたことが会社にも知られ、私は会社を解雇されました。
 私の収入がなくなり、当時結婚したばかりの妻は、警察の留置施設へ面会に来る度に、「お金がない、生活できない。もう離婚したい。」と泣き崩れるのでした。
 留置施設の中にいる私には何も言えず、ただうつむいて妻からの罵声を受け止め、「済まなかった、悪かった。」と謝ることしか出来ませんでした。
 その時の私も妻も、本当に惨めでした。
 私の軽率な行動が自分の将来や家族の幸せを奪う結果になり、反省しています。
 もう二度と大麻や違法な薬物に手を出すことはありません。
 私は現在、新しい仕事も決まり、妻とも少しずつですが、失った時間を取り戻しつつあります。
 私の経験から皆さんに言いたい。
 軽い気持ちで違法な薬物に手を出し、自分や家族の幸せを失い、人生を棒に振らないで欲しい。
 その先には惨めな姿しかないのだから。

●覚醒剤乱用者(34歳、男性、建設業)

 私が覚醒剤を使うようになったのは、仕事のことで悩み、精神的にぐらついていた時に職場で仲の良かった同僚から、「覚醒剤は、悩み事を忘れることができるよ。」と勧められたのが始まりでした。
 私は、覚醒剤は違法なものだと知っていましたが、自分でも一度やってみたいという好奇心はあり、何よりも「この精神的な苦痛から解放されたい」という一心から『1回きり』と自分に言い聞かせ、覚醒剤を使ってしまったのです。
 初めて覚醒剤を使った時は、これまで味わったことのない衝撃と快楽を受けてしまい、「一度きり」と思っていたはずが、その快楽におぼれ、「また打ちたい。」と繰り返し思うようになってしまいました。
 覚醒剤が切れた直後は罪悪感でいっぱいになるものの、時が経てばすぐに「また覚醒剤をやりたい。」という衝動に駆られ、いけないことだとは分かっていながら、いつの間にか、それを止められない、どうすることも出来ない自分がいました。
 そうなると覚醒剤を買う金が必要で、妻に生活費すら渡せない状態となり、次第に家族の生活は苦しくなっていきました。
 そんな中、突然家に警察がやって来て、私は逮捕されてしまいました。
 その時、妻は何も言わず、生後2ヶ月になる娘のそばで留置施設に入る私のために、着替えなどの支度を始めました。しかし、その後ろ姿は小さく震えており、妻が懸命に涙を堪えているのが分かりました。
 逮捕されて、そんな妻と娘の姿を見て、私はようやく自分の愚かさに気づき、そしてがく然となりました。
 「妻は生後間もない娘を抱え、これからどうやって生活するんだろう。」警察の留置施設で一人になると、妻と娘のことばかりを考え、いい知れない不安と絶えることのない後悔から、胸が張り裂ける思いでした。
 留置施設では、私の他にも覚醒剤で逮捕されていた男がいて、幻覚を見て大声で叫んだり、暴れていました。
 そんな男の様子を見て、私は「もしかしたら自分もあんな姿になっていたかもしれない。その前に捕まって良かった。」と素直に思えるようになり、「二度と覚醒剤は使わない。」と心に堅く誓いました。
 覚醒剤は、自分の気持ちの弱さに入り込んでくる恐ろしい魔物です。一度手を染めてしまったら、自分からは絶対に逃れられません。
 私はもう、二度と魔物に近づきません。同じ過ちは繰り返しません。
 自分のために、そして大切な家族のために。

●覚醒剤乱用者の母親(62歳、女性、主婦)

 ある日、裁判所からの娘宛の封書を受け取りました。
 胸騒ぎがして封を切ると、『被告人』の欄には娘の名前、次の欄には『覚醒剤取締法違反』の罪状が書かれていました。
 身体中の血が一気に逆流するような衝撃を受けました。
 私は、裁判を告げるこの手紙を見るまで、娘が覚醒剤に手を染めていることを全く知りませんでした。
 娘は大学を卒業後、10年近く一生懸命に仕事をしていましたし、ダンスの指導者としても活躍していました。離婚をしてしまいましたが、結婚もしていました。
 小さい頃は元気で活発な、色々なことに前向きに取り組む子でした。
 そんな娘に対する裁判では、執行猶予付きの判決が下りました。
 裁判から半年ほど経ったある日、娘が突然、「お母さん、そっち向かないで、死に神がいる。」というような意味不明なことを言いながら、私にすがりついてきました。
 私の人生が崩れ落ちるような感覚に襲われたのもつかの間、娘の様子が見る間に変わっていきました。
 何かに怯える様子で、「ウワー」とか「ギャー」と大声で叫びながら、あちらこちらを手で払いのけるのです。
 その動きが激しさを増してきて、どうにもならない状態になった時、夫と次女、そして私の3人で、娘を畳の上に押し倒し、両手足を押さえつけ、口を塞いでいました。
 娘の心臓は、胸から飛び出しそうな勢いで激しく鼓動を打っていました。
 夫が突然、「その濡れたタオルじゃ、死ぬぞ。」と叫びました。
 次女と私の手で塞いだ娘の口には、私がいつの間にか掴んでいた濡れタオルがあったのです。
 「こんな修羅場を世間に知られたくない」という気持ちから、無意識のうちに娘の口に濡れタオルを押し当てていたのでしょう。
 徐々に狂ったような状態が遠ざかり、やがて落ち着きを取り戻した娘は、「自首する」と言いました。
 「執行猶予中の再使用、警察に自首すれば間違いなく刑務所行きになる。どうしたら良いのだろうか。」
 家族全員で話し合いましたが、結局、娘を自首させることに決めました。
 それは
 「再び、あの修羅場を起こしたら、娘はきっと死んでしまう。」
 と、本人も私たちも強く感じていたからです。
 娘の『死』よりも、覚醒剤が絶対に使えない『刑務所』を選んだのです。
 夫と私が付き添い、娘と一緒に近くの警察署へ行きました。
 娘は現在、刑務所に服役しています。
 今、私は薬物依存症を抱える家族のための家族会に通い、薬物依存や依存症について学んでいます。
 そして薬物依存症が病気であることや、この病気は完治しないが、回復はすると教えられました。
 娘の回復を待ち続けられる母親でありたいと思っています。

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